関市立旭ヶ丘小学校
  郵便番号:501-3829
  住所:岐阜県関市旭ヶ丘2-1-1
  電話番号:0575-22-5133
  FAX番号:0575-24-7963
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昭和 9年10月 末広道り以東を校下として、関東尋常小学校の設立が許可される。
     12月 関町字川東に校地指定、校舎新築認可、起工する。
昭和10年 4月 開校。校舎未完成のため、旧稲葉分教場関町青年会館および関尋常高等小学
         校の一部を仮校舎として関東尋常小学校の設立授業を開始する。
昭和11年 3月 校旗を制定、樹立式挙行。
昭和12年 5月 二宮尊徳翁像除幕式。
昭和13年12月 校門竣工。
昭和14年 8月 洋式庭園完成。
昭和15年 6月 日本庭園完成。設計者、林学博十・上原敬二氏。
     11月 本校児童訓練映画「東校の子ども」完成。岐阜県指定学校経営「皇民錬成・
         魂の教育経営」研究発表会。
昭和16年 4月 「関第二国民学校」と改称する。
昭和18年 4月 土俵落成、土俵開き挙行。
昭和22年 4月 「関第二小学校」と改称する。
昭和24年 4月 「関町立旭ヶ丘小学校」と改称する。
昭和25年10月 「関市立旭ヶ丘小学校」と改称する。
昭和26年 2月 学校独自の学校給食を開始する。
      9月 学校放送施設完成。
昭和27年11月 校舎増築第1・2期工事完成、付属建物、便所完成。
昭和34年 9月 伊勢湾台風。相撲屋台、西舎への渡り廊下、西玄関倒壊。翌10月修復。
昭和36年10月 鼓笛クラブを結成する。
昭和37年10月 特殊学級を開設する。気象観測所、百葉箱、柵新設。
昭和39年 4月 創意工夫の教育充実にて、科学技術庁長官賞受賞。
      7月 市民会館落成。(旭小体育館としても利用)
昭和41年 6月 新館起工。市民会館前の国体記念碑除幕式。明星子供会教室が発足する。
         学校独自の給食廃止、関市学校給食センターの給食に切り替え。
      7月 プール建設のため、子供会1人1円貯金を開始。
     11月 新館竣工。
昭和42年 4月 プール工事起工。
      7月 プール工事完了。
      8月 プール竣工式、安全祈願祭挙行。同日プール開き。新館増築工事竣工。
昭和45年 3月 岩石園、気象観測所補修。別館補強工事実施。
      4月 「教育評価」をテーマとして美濃教育事務所、関市教育委員会の研究指定校
         となる。
     10月 新館3階に救助袋設置。市制20周年記念事業鼓笛パレードに5年生参加。
昭和46年 4月 新館に給食器運搬リフト設置。ごみ焼きがま設置。
昭和47年 4月 指定による「教育評価」研究発表会開催。
昭和48年 4月 言語治療教室を開設。(本郷町分室)
昭和49年 4月 言語治療教室を西舎南端に設置。
     10月 気象観測所補修整備。
昭和50年 3月 言語治療教室の防音設備完備。
昭和51年12月 南北と西側の側溝設置を含む運動場の大改修。
昭和52年 9月 発明工夫展に市より奨励賞を受ける。全校生産教育に取り組み「子ども秋ま
         つり」を盛大に行う。
昭和53年 3月 昭和17年度卒業生有志一同より校旗・略旗寄贈、卒業式に贈呈式を行う。
     11月 3カ年計画で校舎改築、分離が決まる。生涯教育により、もち米8俵・さつ
         まいも・じゃがいも・大根等を多く収穫。子ども祭りには48基のみこしが
         町内にくり出す。
昭和54年 3月 本館本検査完了。
      9月 校舎改築実施第2年度。北舎西半分の取壊し。
昭和55年 3月 本館西半分建築完了。
      4月 本館へプレハブ仮設校舎より移る。
      5月 本館竣工式挙行。
昭和56年 4月 桜ヶ丘小学校分離。
昭和57年 4月 生徒指導協力校。(県教育指定)
      9月 関市発明工夫協会より「学校奨励賞」の受賞。
昭和58年 2月 生徒指導協力校(県教委指定)発表会。
      3月 校門(西側)、東通用門設置。
      9月 田口福寿会より児童図書の寄贈を受ける。
昭和59年 1月 日本庭園復元竣工。
昭和60年 3月 卒業記念「ふじ棚」完成。(卒業生寄贈)
昭和61年 3月 体育館床改修・東西倉庫の増築工事。新館1階便所改装・体育館への通路新設。
関市立旭ヶ丘小学校